母の思い出

昨年末、実家に帰省した際に、1970年に学習研究社が出した「標準学習カラー百科」を中古で購入した。

 

いまだ本が耐久消費財だった時代、全10巻を揃えるとなると、当時では相当の価値だったものと思う。

なんと、1970年の大卒初任給の半分近くの値段である。

※もっとも現在でも、例えば「ポプラディア第3版(全18巻)」を揃えようとすると、13万2000円するため、百科事典の価値はそれほど変わっていないのかもしれない。

 

それを2022年の私はいともたやすく、全10巻を2000円で手に入れたわけだが、なぜそんな昔の百科事典を求めたかというと、これが母の思い出の品だからである。

 

1970年、当時小学生であった母は、その母(私の祖母)が買ってきてくれたこの「標準学習カラー百科」に、世界への扉を開かれたという。

本がぜいたく品・耐久消費財だった時代、一般の家庭にあるのは、本というよりは雑誌であったという(鹿島茂[2022]「神田神保町書肆街考」筑摩書房)。

母の家庭でも、買ってもらえる本といえば、漫画雑誌の「りぼん」(集英社、1955年創刊)や、学習雑誌の「科学と学習」(学習研究社、1946年創刊。)だったようだ。

 

そんな中、私の祖母が私の母に買ってあげたのが「標準学習カラー百科」なのである。

全ページフルカラー仕立てであり、当時から本好きであったという母が釘付けになって読んだというのも、気持ちはよく分かる。

私自身も、小学生時代に小学館の図鑑を買ってもらったときには、相当に嬉しかったし、知らない世界がこんなにあるのかと、わくわくしながら読んだものだからだ。

 

擦り切れるほどに読んだという百科も、月日を経て、いつしか祖父が家の整理をした頃にはすでに見当たらなくなっていたという。

 

そしてその祖父も2013年に亡くなり、それから10年近くが経つ。

 

そんなある日、母がネットで見つけたのが、中古で売りに出されていたこの百科であった。

また読んでみたいと、当時を幸せそうに懐古するのを見て、私はなんとかしてそれを購入することにした。

 

年が明けて2日、外出先から戻ってくると、存在感のある大きく組まれたみかん箱が玄関先に置き配されていた。

腰をやりそうになりつつ和室へ運び、開封すると、母は「これこれ!」と喜びの表情。

かつての少女のようにページを繰りながら、当時の思い出を語ってくれたのであった。